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賢くなることは幸せに繋がるか

雑記

「なんでわかんねえんだよ!」

 

隣のテーブルから罵声に近い男性の声が聞こえた。

僕は数年ぶりにミラノ風ドリアを食べていたが、その手を止めた。

目をやると、パーカーを着たカジュアルな装いの男性とニットのワンピースを着た女性が向かいあって座っている。

カップルが別れ話をしていることは瞬時に理解できた。

彼の年齢はおそらく僕と同じくらいの30歳前後だろう。

 

男「おれがどれだけお前のこと大切にしてると思ってんだよ!なんでわかってくれないんだよ!」

 

女「もううるさいって。他のお客さんに迷惑でしょ」

 

男「もうおれのこと嫌いってこと?はっきり言えよ!」

 

女「嫌いとかではないけど…もう好きではない」

 

男「なんでだよ。おれほどおまえのこと大切にする人他にいないよ?なんでわからないんだよ。このバカ女。」

 

女「…」

 

男「はいはい。おれのこと嫌いなのね。もう顔も合わせたくないのね。わかった。もういいよ。

 

女「…なんか…ごめんね」

 

男「…ごめんじゃねえよ!いや、でもおれは帰らない!」

 

あ、帰らないんだ。。。

 

恋愛はときに人を狂わせる。

 

「彼女にもう会えなくなる」

 

そう思うと、どうすれば良いかわからず、普通の行動すらとれなくなる。

仕事や勉強が手につかず、身のまわりのなにもかもがどうでもよくなり、破滅的な行動をとることさえある。

 

自分が同じようになることはたぶんもうないと思うが、彼の気持ちは痛いほど理解できた。

それと同時に、あのとき週刊金融日記に出会っていなければ今の自分もこうなっていたかもしれない…

そう考えると背筋が凍るような想いがした。

 

 

人は幸せになるために恋愛するが、ときにこれほどまでに人を不幸にするのも恋愛である。

もし彼が恋愛工学やPUAテクニックなど女から自由になる術を知っていたらどうだろう。

少なくとも今回のように感情に振り回され、ここまでつらい想いはしなかったはずだ。

ある事柄の解決策があるということを知らないだけで、なにか世界の終わりのように感じ、自暴自棄な行動に自分を突き動かしてしまう。

 

しかし、多くを知り、賢くなることは本当に幸せに繋がるのだろうか。

世の中には知らない方が幸せなこともたくさんある。 

ビジネスの仕組みがわかるようになればなるほどボッタクリのようにみえるし、恋愛工学やナンパに詳しくなればなるほど恋愛に対する高揚感は減る。

「賢くなる」というのは、なりたい自分に近づく一方で、今までみえなかった世界のクソさに気づくということでもある。

 

特に難しいことは考えず、田舎で楽しそうに暮らしているマイルドヤンキーはとても幸せそうではないか。

マイルドヤンキーが幸そうな理由は単にバカだからではない。(もちろん少しはある)

新たに知ろうとしないことで、他者と比較せずに済むからだ。

 

僕らは多くのことを知り、賢くなる過程で、気づかないうちに他者と比較するようになる。

地位、年収、肩書き、住居、車。。。

誰かが決めた物差しに従い、みんなが羨むものをより多く得ようとする。

そして、次第に誰かの物差しをあたかも自らのつくりあげた物差しのように錯覚し、いつの間にか他者の人生を生きることになる。

 

では他者と比較しないためにはどうすればよいか。

逆説的ではあるが、それはおそらくより賢くなることだろう。

知識という禁断の果実に一度手を伸ばしたら、それを使いこなす知性が必要になる。

 

知らないことによる幸せと知りすぎたことによる不幸せがあるのなら、僕は後者を知りすぎたことでしか掴めない幸せに変えたい。

 

 

おしまい